tomoyaが綴るデザイン生活の日々
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
未来の為に
 「歌を聴いたの、久しぶりね」と婦人が言った。2年前の3月下旬のある日。

宮城・気仙沼市で友の安否確認に走っていた車中、それまで訃報ばかりを伝えていたラジオから優しいバラードが流れてきた。

津波と火事で廃虚と化した街の中で、初めて心が癒やされたという。

どんなに意を尽くした言葉も、力を失ったかのように思えた東日本大震災後の苛酷な日々。

その中で、理屈抜きに心に届いたものの一つが歌だった。

震災後、民主音楽協会等が共催した、被災地の小・中学校で行う「東北希望コンサート」。

津波に直撃されながらも最小規模の被害にとどまり、“奇跡の集落”と呼ばれた岩手・大船渡市の吉浜に、昨年秋、音楽家の秦万里子さんが赴いた。

吉浜中学校で自作の曲「生まれたんだもの意味あるさ」などを披露し、呼び掛けた。

「私がデビューしたのは52歳の時です。それまでずっと作曲家になると思い続けてきたの」。

だから何があっても負けないで、自分の未来を信じ続けて、と。

「歌は終わった。しかしメロディーは心の中に響き続ける」と米国の作曲家アービン・バーリン。

時は、多くのものを過去へと押し流す。しかし、震災の中で刻まれた人のいたわり、励ましは、いつまでも心に生き続けます。



東京転勤が決まりながらもまだ大阪にいる私ですが、縁あって現在、東日本大震災の復興の仕事に携わらせてもらっています。

この目でみる震災の爪痕は、人間の想像力を遥かに超えたもので、信じることができませんでした。

道端に転がっている、鍋やコップ。上屋のない家の基礎。倒れた電柱。。。これが現実なんだ。。。と。




ある時「ぜひともいいものをお願いします!」と現地の方に頼られる一言をかけられ、

その瞬間、この仕事の責任の重さが大きくのしかかりました。

しかし同時に、被災者の方々のために尽くせるこの仕事を選んでよかったなとも思いました。





人々の営みをつくりだし、コミュニケーションを生み出し、時には人々の心情にまで訴えかける建築。

この街の未来の為に、ひとりでも多くの人に喜んでもらえるよう、一生懸命がんばりたいと思います。


- comments(0) -
スポンサーサイト
- - -
Comment








<< NEW | TOP | OLD>>